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2020年7月19日 (日)

ぼろぼろな駝鳥


国語の教科書でむかし読みました。

高村光太郎です。

「ぼろぼろな駝鳥」 

何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。

動物園の四坪半のぬかるみの中では、

脚が大股過ぎるぢゃないか。

顎があんまり長過ぎるぢゃないか。

雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。

腹がへるから堅パンも食ふだらうが、

駝鳥の眼は遠くばかりみてゐるぢゃないか。

身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。

瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢゃないか。

あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢゃないか。

これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。

人間よ、

もう止せ、こんな事は。



なぜ、中学の国語の教科書に記載されていたのか

人間の傲慢な残酷さが溢れているショッキングな詩です。

多分社会全体の仕組みに問うているのだろうと

これを素直に受け止めると生きることが嫌になる。

世の中の辛い事、ダメな事、変える勇気もなければ力も無い

唯、自分の事だけ。

子供に伝えれる善行なんかなにも出来ていない。

見栄や虚飾がステータスやテーマじゃ無く

人のため、社会のため、先につながるなにかのため

そんな事を本当は真面目に考えないとダメなんじゃ

ないかと

昔の人は、もっとまじめに考えていたのではないでしょうか

今、こんな事いうとハナで笑われそう。

そうとうバカが頭にまわっています。

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コメント

高村光太郎は奥が深いですよー。たぶん正解は無いです。なので教科書には不適切かもしれませんね。笑

正解は読み手によりけり。私は好きです。

投稿: yoshie akai | 2020年7月19日 (日) 10時38分

akai様

ありがとうございます。
子供の時の印象が強烈で寝起きにふとよぎって
ダチョウの日常を考えると苦しいですね。
文学のひとはするどく繊細なんでしょうね?
今、谷川俊太郎もわかりたいけど僕には難しいです。
みつおが励まされてぼくには向いてます。

投稿: 影山秀幸 | 2020年7月19日 (日) 12時50分

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